インドにだってロックやポップミュージックはある。

それもインドというくくりはなくして、純粋に音楽として楽しめるレベルの良質な作品の積み重ねがその歴史にはある。少しでもインド音楽に触れている人間にとっては当たり前のこの事実が、もっと広く知られるべきだと思う。優れたインド人アーティストを見るたびにそう感じる。

そこで非常に大雑把ではあるけれども、インドのロックやポップミュージックの歴史をまとめることで、もっと多くの人がインドの音楽シーンに親しむきっかけになればと思う。

■初のポップソングは映画音楽

インドのポップミュージックといえば、現代にいたるまでその多くが”Filmi”と呼ばれる映画音楽だ。1966年にAhmed Rushdiというパキスタンの歌手が発表した”Ko Ko Korina”という曲が、インドを含む南アジア初のポップソングだといわれるが、これも映画向けに作られた曲だ。それまでの映画音楽は、伝統音楽の影響が色濃く出ていたが、ロックやツイストダンスの要素を取り入れた”Ko Ko Korina”の登場によって、欧米のポップミュージックを取り入れる動きが始まったといえるだろう。

1960~70年代にかけては、R.D.BurmanやBappi Lahiriなどの映画音楽作家が、欧米のディスコミュージックやファンクの要素を取り入れた、より欧米色の濃い楽曲を次々と発表する。

とはいえ、その後インドの音楽シーンが欧米と歩みを同じくして発展したわけではない。国内の産業や文化の保護を目的とした経済規制が1956年に敷かれたことによって、インド国外のレコードの入手が困難な状況となったのだ。これは1980年代末に経済の自由化が始まるまで続いた。そのためインドの音楽シーンは、欧米音楽の要素を随所に取り入れつつも、映画音楽を主体とした独自の発展を遂げることになる。

■ロックをはじめとする”非映画音楽”も登場

このように映画音楽が席巻するシーンの中で、60年代初めには、イギリスやアメリカのロックシーンに親しむ若者もわずかながら現れ始めた。主に都市部の比較的裕福で英語の素養もある彼らは、映画音楽に席巻された国内の音楽シーンに不満を抱きつつ、欧米のポピュラーミュージックに触れていった。

そして1975年には、インド初のロックバンドといわれるMoheener Ghoraguliが、東部のコルカタで結成する。彼らの楽曲は、Bob Dylanのように社会的な主張も盛り込むなど、当時のインドの音楽シーンの中では斬新ともいえるものだった。しかし81年に解散するまでの活動期間の間、彼らの知名度はほとんどなく、国内のロックシーンの本格的な発展は80年代中頃まで待たなくてはならなかった。

■ポップミュージックの人気、80年代に加速

インドでのポップミュージックの人気は、80年代になってさらに加速する。パキスタン出身のNazia HassanとZohaib Hassan姉妹が爆発的な人気を博したのだ。若干10代半ばでデビューした彼女たちは、ディスコミュージックを取り込んだファーストアルバム”Disco Deewane”が世界14カ国のチャートにランクイン。当時世界で最も売れたアジアンポップとして記録を作るほどの人気を博した。また映画音楽が主流の南アジアの音楽シーンにおいて、”非映画音楽”として成功をおさめた初の作品ともなった。ちなみに彼女たちをプロデュースしたインド出身の音楽家Bidduは、沢田研二が率いたタイガースや中森明菜の楽曲のプロデュースを手がけるなど、日本との関係も深い人物だ。

ロックシーンにも動きが出る。ディスコミュージックの人気に押され気味だったロックだが、80年代中旬にディスコの人気が下火になるのと時を同じくして、Indus Creed(84年結成)やSkinny Alley(85年結成)、Euphoria(88年結成)など、後の人気バンドが相次いで登場する。

■クラブシーンの出現

また80年代末には、南部ゴアでトランス音楽の出現によって、レイブが盛んになる。これがインドのクラブカルチャーの始まりといわれる。クラブシーンにおけるインド人の重要人物の一人として、ムンバイ出身のセッションミュージシャンCharanjit Singhを挙げておきたい。彼は1982年に彼がアルバム“Synthesizing: Ten Ragas to a Disco Beat”をリリース。当時人気だったディスコミュージックとインド音楽のラーガとのミクスチャーを意識して作られたが、発表当時は理解不能な音楽として何の注目を浴びることもなく埋もれてしまった。しかし発表から約20年後に再発見され、80年代後半に登場したアシッドハウスの先駆けとして、世界的に評価されることになる。

■ポップミュージックの人気、90年代に本格化

1990年前後はインドの音楽シーンに大きな動きがあった時期だ。当時の首相だったRajiv Gandhiが主導した経済の自由化を押し進めたほか、1996年にはMTVが上陸したことなどによって、欧米を含む海外の音楽シーンの影響が高まり、インド人アーティストによる非映画音楽の制作が活発になった時期になる。

Alisha ChinaiやRemo Fernandesのように、映画音楽のプレイバックシンガーとして活動していたアーティストが、欧米のポップミュージックの要素を取り込んだ非映画音楽を作る動きも出てきた。

特にAlisha Chinaihaは、95年に発表したアルバム”Made In India”が当時のポップアルバムとしての販売記録を塗り替えるなど、ポップミュージックの発展に貢献したアーティストだ。

またインド初のヒップホップアーティストといわれるBaba Sehgalが登場したのも90年代だ。作詞作曲を含むほぼすべての楽曲制作を自分で手がける本格派のSehgalは、音楽だけでなくボリウッドやタミル映画に出演するなど、現在に至るまで精力的な活動を続けている。

■参照情報
More Than Bollywood: Studies in Indian Popular Music
Indian pop
Indian rock
Moheener Ghoraguli
Indian rock bands
Nazia Hassan
Biddu
Alisha Chinai
Baba Sehgal