インドでヒップホップスターになったスラム街の青年
ムンバイ郊外にあるクルラ・ウェスト地区は、インド人ですら立ち入りを避けるほどのスラム街。
この暴力や盗みが日常的に横行する過酷な場所で生まれ育ちながら、現在ヒップホップアーティストとしてシーンを席巻している青年がいる。Naezy(ネイジー)名義で活動する21歳のナヴェド・シャイクだ。
今やインド最大級のファッションショーでパフォーマンスを披露するまでになった彼は、国内のヒップホップシーンで注目される新進アーティスト。
2015年9月には、大手ネットメディアBuzzfeedによって、注目のインド人ラッパーとして紹介されている。
「子ども時代の経験が表現のモチベーションなんだ。地元の人間たちは、愚かで違法なことにはあらかた手を出しているような連中なんだよ。彼らには目を覚まして正しい道を歩め、人生をムダにするなってことを歌で伝えたい」とネイジーは話す。
インドのスラム街で生まれ育ったネイジーが、どのようにして人気アーティストとしての地位を獲得したのか?彼の物語を追ってみよう。
■非行繰り返した少年時代
ネイジーがヒップホップに目覚めたのは15歳のとき。
それまで悪友たちと一緒に盗みやケンカを繰り返してきた彼だが、ある日道端の自動車を破壊したことで、ついに警察に捕まってしまう。
家族の尽力もあって間もなく釈放されたが、これが自身を見つめ直すきっかけになったという。
「少しずつ分かってきたんだ。このままじゃ、いつか取り返しのつかないことになるってね。だからこんなことはもうやめよう、正しい道に戻ろうって決心したんだ」(ネイジー)。
ネイジーに起こった変化について、彼の母親はこう振り返る。
「ある日息子が一日中部屋にこもりっきりで出てこなくなりました。何かを熱心に書き続けているようでした。ただ何をしているのか聞いても教えてくれないんです」。
この時ネイジーは頭に浮かんだ詩をひたすら書き綴っていた。その頃から、彼は周りの友人たちに自身のラップを披露するようになる。
「学校で友人たちの前でラップしてみせると、みんなすごく驚いてた。女の子にモテることが分かったから、練習にも力が入ったよ。他の男たちもマネして練習するんだけど、オレみたいにうまくはできないみたいだった。自分には才能があるんじゃないかって思い始めたんだ」とネイジー。
こうして学校の中で知られることになった彼のラップの実力。数年後にはインドの音楽シーンの中へと広がることになる。
■YouTubeにアップした作品が話題に
カレッジに入学したネイジーは、友人らとユニットを組んで引き続きラップのパフォーマンスに取り組んでいた。カレッジフェスに出演するなど、それなりに充実した音楽活動の脇で、プライベートでは鬱屈した生活を送っていた。
この時期、悪友たちによる影響を心配した両親の考えで、クルラ地区の中でも比較的安全なエリアに引っ越していたが、周囲の住民たちからはあまり歓迎されなかったようだ。
「いつもよそ者として冷たい目でみられたし、前に住んでたとこの友人たちとも距離ができてしまった。本当に憂鬱だったし、自分の人生の中でも一番暗い時期だったと思う」(ネイジー)。
ネイジーはたまった鬱憤を歌詞として綴り、楽曲として吐き出した。制作期間はたったの5日で、使ったメインの機材はiPad。
2014年1月、こうして出来あがった曲“Aafat”をYouTubeにアップしたところ、想定より大きな反響があった。あるインドのネットカルチャー誌は、この曲について次のように書いている。
「ネイジーの完璧なフローや、歌詞への優れたアプローチの仕方は批評家たちから高い評価を受けている。デビュー曲“Aafat”は、ムンバイのアンダーグラウンドシーンの中で、さざ波のように広がっていた」。
■ネイジーのストーリー、ドキュメンタリーに
注目を集めたのは彼の楽曲だけではない。スラム街で育ったヒップホップアーティストのストーリーは、同じインド人からみても非常に興味深いものだったようだ。
映像作家として活動する22歳のインド人女性ディシャ・リンダニは、映像コンペである「第16回ムンバイ・フィルム・フェスティバル」に出品する作品の題材を探していた。ルールはムンバイもしくはその周辺で撮影すること。
テーマは一向に浮かばなかったが、やりたくないことは決まっていた。「この街をただロマンチックに描くようなことはしたくありませんでした」(ディシャ)。
そんな時ネット上でネイジーに関する記事を見つけた。スラム街で育った青年が、自身の地元への想いをヒンディー語とウルドゥー語によるラップで表現し、それが音楽シーンの中でおおいに話題になっているというのだ。
この時彼女は完璧な題材を見つけたと直感したという。印象深いラップや、メッセージ性の高い歌詞にも惹かれた。すぐさまFacebook経由でネイジーに連絡をとり、撮影の許可をとりつけた。
治安の悪いクルラ地区に入り込むため、撮影には細心の注意を払った。住民を刺激しないよう、撮影クルーは最小限の3人に絞った。機材もカメラ2台とレコーダーのみ。
「とはいえカメラを手に撮影する以上、侵入者としてみられることは避けられません。撮影中に多くの人が集まってしまう時もありましたが、彼のコミュニティーの人たちと敵対しないよう、そういう時は積極的にカメラの中に入ってもらうようにしました」(ディシャ)。
こうして約9分ほどの短編ドキュメンタリーが出来上がった。タイトルは、クルラ地区の郵便番号(400070)から取って、「Bombay 70」とした。
■高い評価でグランプリ獲得
ミュージックビデオの中では、ヒップホップ風のファッションに身を包みサングラスをかけ、いかつい印象のするネイジー。
しかし「Bombay 70」の中では、等身大のようにみえるごく普通の青年としてのネイジーが映っている。
「サングラスが似合うねってみんな言ってくれるんだけど、自分では全然そうは思えないんだ」とはにかむ様子。
ラップを始めた息子について話す母親の脇で、居心地が悪そうに目をキョロキョロと動かす姿。
同じコミュニティーの人たちに向けてラップをしていきたいと語るネイジーと、それを見守る敬虔なムスリム教徒の家族。
制作の遅れによってコンペの締め切り当日になって提出されたこの作品は、審査員から高く評価され、短編フィルム部門でグランプリを獲得することができた。
ディシャは「2〜3時間もの映像を数分間にまでカットしていく作業が本当に大変でした。良い作品を作るための苦労を経験できたのが一番の収穫」と話す。
受賞から数ヶ月後の2015年8月には、YouTubeにアップされたことで、ローリングストーン誌をはじめ、主要な音楽メディアでも紹介。ネイジーの知名度をさらに上げることに一役買った。
こちらがドキュメンタリー「Bombay 70」。英語字幕になりますが、ぜひご覧ください。
Indian Music Catalogの公式Facebookはこちら
※参照情報
・Bombay 70 – MAMI ’14 Best Short Film.
・Watch: Bombay 70 – An Award-Winning Short Film on Mumbai Rapper Naezy
・13 Refreshing Rappers Every Indian Needs To Check Out Right Now
・Interview: Going Crazy with Naezy in His Gully
・The Making-Of Mumbai Film Festival Winner : Bombay 70
・Homegrown beats: Naezy & his brand of Hindi hip-hop
・WATCH AN AWARD-WINNING SHORT FILM ABOUT KURLA RAPPER NAEZY
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