日本人が聴いても格好いい インドのインディー音楽が分かるおすすめディスクガイド
インドのインディー音楽シーンを紹介するこのサイトを始めて、そろそろ1年になります。
「インドにもこんなかっこいい音楽があったの?」という素朴な驚きから始めたわけですが、一つのシーンを1年もウォッチし続けると、どのアーティストがどれくらい人気があって有名か、なんてことも肌感覚でわかってきます。
そこで今回は初めてインドのインディーミュージックに触れる方に向けて、今の現地シーンで人気のアーティストたちのディスクガイドを作ってみました。ご参考になればさいわいです。
ただその前にそもそもの話として、このシーンの魅力というか、こんなニッチすぎるジャンルのどの辺が楽しいの?みたいな部分について、僕の話を一例に触れてみたいと思います。
このジャンルの魅力は、単なる音楽的なものだけではありません。
■インド生活は思ったより現代的
僕は数年前に仕事でデリーに滞在していました。
その前にもバックパッカーとしてインド旅行は何度か経験しており、現地での生活はある程度体験済み。
だから仕事で赴任したときも、西洋的で快適な生活はまったく期待していませんでした。
最低限の衣食住が満たされれば御の字で、プラスアルファの娯楽なんて望めないと覚悟していました。
けれどもいざ現地での生活が始まると、こうした想定がかなり覆されました。デリーなどの都市部に限っていえば、周囲の中流層のインドの人たちの生活が、思っていたより僕らに近かったのです。
たとえば、
中心部にはキレイなショッピングモールが数多く、生活用品はもちろんZaraやH&M、ディーゼル、Forever 21など有名どころのアパレルブランドなんかも揃っています。
商業地区のハウズカスビレッジのように、バーやレストラン、ライブハウスなどが密集したサブカル的なエリアもある。
また体調を崩したときに行く病院は、5つ星ホテルのような豪華な建物。下手な日本の病院よりも、設備も医者の質も高いんじゃないかと思うほど。
同じデリーでも、バックパッカーとしてお決まりの観光地をフラフラ回った時と、社会人として腰を落ち着けたときでは、みえてくる周囲の人たちの生活がまるで違いました。
インドのイメージといえば、「ガンジス川」「タージマハル」「路上の物乞いや牛」「ヨーガ」など、エキゾチックな部分が強調されることが多い。けれども、少なくとも僕に限っていえば日常でそういった要素を感じることは意外と少なかったです。
周りのインド人たちと同様に、仕事場はオフィス街のビル。自宅は中間層の人たちが住むエリアのアパート。買い物はショッピングモール。
週末になってたまにヒンドゥー教の寺院のようなトラディショナルな場所に足を運ぶと、「今自分はインドにいるんだなー」と改めて実感する、というような日常でした。
もちろん現地での生活が、すべて現代的で快適だったとまではさすがに言えないけれども、当初の想定と比べて相当のギャップはありました。
■日本人が等身大で楽しめる音楽がある
そうして発見した「意外と現代的なインド」の一つが、今回の本題となる現地のインディーミュージック。
一般的にインドの音楽といえば、ボリウッドミュージックや伝統音楽なんかが連想される。実際にこれらの音楽は市場シェアの9割以上を占める。
一方でロックやエレクトロニカ、ダンスミュージックなどを含むインディーシーンは、全体の1割に満たない小さな市場です。
けれどもシェアが小さいからといって、注目されていないというわけではない。むしろその逆で、現地シーンでは新しいアーティストたちが続々と登場し、大きな盛り上がりをみせています。
市場シェアが小さいのは、人口の多くを占める地方や、中間層より下の人たちに浸透しきっていないから。
実際にインドのシーンの盛り上がりは、The Guardian誌やThumpなどインド国外のメディアにも取り上げられています。
India’s electronic music scene: 10 essential tracks
Beats Beyond Bhangra: Ten Rising Producers from India You Should Know
個人的な感覚としても、インド現地でライブやフェスに足を運んだ実感や、様々な記事に目を通した印象からすると、こういった音楽は、都市部に住んでいる中間層の若いインド人たちにとっては、リアルなものとして生活に溶け込んでいる、と言っていいように思います。
だからインドで現地のインディーミュージックシーンに触れることで、都会に住む今のインドの人たちの様子や価値観に直に触れることができる。
ステレオタイプともいえるエキゾチックなインドとは違った側面を味わうことができるでしょう。
これがインドのインディーミュージックの魅力だと思います。
僕は初めてデリーのクラブに足を運んだとき、「インドにもこういう世界があったのか!」と、そのあまりに非インド的で別世界な雰囲気におどろきました。
客は都会的でオシャレな服装の子が多く、流れている音楽も格好良い。当たり前のように高級車で乗り付ける若者もいる。ここはホントにインドなのかと。ただし一歩外に出るとやはりいつも通りの埃っぽい街並みが広がっているという。。。
いわゆる”貧乏旅行”ではわからない新たなインドを体験できるという意味で、音楽ファンでなくとも楽しめるジャンルだと思います。
少し理屈っぽい説明になってしまったけれども、要するに
インドのインディーシーンは意外とかっこいいし盛り上がっているよ、
そこではステレオタイプとは違ったインドを体験できるよ、
ということです。
■厳選!おすすめディスクガイド
前置きが長くなりましたが、そんな魅力的なインドシーンを代表するアーティストたちのディスクガイドを並べていきます。
広いインドでは都市別にシーンが語られることが多いので、そのくくりで紹介していきます。
iTunesやBandcampのリンクも貼ったので、お気に入りのアーティストがいたら、ぜひダウンロードしてください。
■ムンバイ
1.Madboy/Mink
Madboy/Minkは、女性ボーカルのSaba Azadと男性ギタリストのImaad Shahによるエレクトロポップデュオ。
インドのインディーシーンの第一線を走る人気グループで、レトロ+シンセなサウンドが特徴。
彼らが現地で絶大な人気を誇る理由としては、キャッチーで親しみやすい楽曲に加えて、ボリウッドのヒット映画への主演経験もあるボーカルAzadが持つ華も大きく影響している気がする。
こちらは2015年にリリースしたセカンドEP “Union Farm” 。
英語の歌詞が常識であるインドのインディー音楽シーンにおいて、ヒンディー語の楽曲も盛り込んだ意欲作。
デビューアルバム”All Ball”に収録された曲のライブ映像。
Nicholsonは、シンガーソングライター・キーボーディスト。彼の楽曲は静寂感ただようエレクトロニックジャズ。
2014年にデビューした直後から音楽メディアから注目され、シーンでの人気も獲得したという運も実力もあるアーティスト。
こちらは2014年にリリースしたデビューEP “For What”。現在EDMが全盛のインドですが、彼はこの作品について、「ダンスミュージックとは違うエレクトロニカをみせたい」と語っている。
デビューアルバムの1曲目”For What”のPV。
Sandunesは、ジャズやファンク、トリップホップなどのエレクトロニカを手がける女性音楽プロデューサー。
2015年5月には先に紹介したNicholsonらと共に、ロンドンで開かれた音楽フェスへの出演も果たしている。
2013年リリースのデビューアルバム”Ever Bridge”
3曲目の”Good to You”のミュージックビデオ。
SHAA’IR+FUNCは、女性ボーカルのモニカ・ドグラと男性ギタリストのランドルフ・コレイアによるエレクトロポップデュオ。
2005年からインディーシーンの第一線で活躍している彼らを聞いて育ったという若手アーティストも多い。
モニカはS+Fとしての活動のほかにも、Midival Punditzのメンバーがプロデュースした楽曲でボーカルとして参画。
また歌手だけでなく、2010年に主演したインド映画”Dhobi Ghat”がトロント映画祭に出品されるなど、多方面で活躍している。
2014年にリリースした最新アルバム”Align”
Alignの収録曲”Stay”のミュージックビデオ。ムンバイ郊外で廃墟となったアパートで開かれたイベントを撮影したもの。ムンバイでは、近年クラブやライブハウスへの取り締まりが強化されているため、演奏場所を求めてこうした建物でイベントが開かれるケースが増えているという。
Bandish Projektは、タブラ奏者のマユール・ナルベカールを中心としたユニット。インドの伝統音楽の要素とエレクトロニカを組み合わせた楽曲が特徴。
マユールは、西部グジャラート州アーメダバードで伝統音楽のミュージシャンを多く輩出する家系で育ったことから、自らも幼い頃からタブラの教育を受けている。
全国的なコンペで優勝するほどの腕前だったが、欧米の音楽に親しんだことで、徐々に両者をミックスさせた楽曲を制作するようになる。
2009年にはデビューアルバム”Correkt”をリリース。2014年には最新作で3枚目のアルバム”Connekt”を出している。
“Connekt”の収録曲”Alchemy”のミュージックビデオ
Koniac Netは、5人組オルタナロックバンド。これまでアメリカやイギリス、ドイツなど30カ国以上のラジオ局で曲が紹介されるなど、インド国外にも活躍の場を広げている。
2012年にリリースしたデビューアルバム”One Last Monsoon”は、ボーカルのデービッド・アブラハムが宅録によってほぼ一人で作り上げた作品で、各音楽メディアから高い評価を得た。
その後メンバーを増やし、2014年には最新EP”Abiogenesis”をリリースしている。
“Abiogenesis”の収録曲”Chasing after you”のミュージックビデオ。
■デリー
7.Ska Vengers
Ska Vengersは、2009年に結成したスカバンド。ソウルフルな歌声の女性ボーカルSamara Cや男性ラッパーのTaru Dalmiaをはじめとするバンドで、スカをメインとしながらも、パンクやジャズなどの要素も盛り込んだミクスチャーミュージックとなっている。
2012年にデビューアルバム”The Ska Vengers”をリリース。すでにデリーのインディーシーンでは絶大な人気を獲得している。
2012年にはデリーの刑務所でギグを実施したことが話題になり、BBCなど海外の大手メディアにも紹介された。
こちらはデビューアルバム”The Ska Vengers”。
デビューアルバムの収録曲”Boy Who Radiates that Charm”のライブ映像
Tarana Marwahは、シンガーソングライター兼キーボーディスト。彼女のユニークな点は、なんといっても日本のアニメや音楽の影響を公言していること。
具体的には、「新世紀エヴァンゲリオン」の楽曲を手がけた鷲巣詩郎や、ファイナルファンタジーシリーズの植松伸夫、Nujabesなど、インド人の口から出たとは思えない意外な名前が並んでいる。
「日本の音楽のどこに魅力を感じるのか?」というインド音楽メディアの質問に対して、Marwahは次のように答えている。
「日本の文化は自分にとって最も身近に感じるものの一つ。食べ物やアート、ゲーム、音楽に対する日本人のこだわりはとても魅力的ね。時々生まれる国を間違えたかもしれないなんて思う」。
Peter Cat Recording Co.は、2009年に結成した4人組オルタナロックバンド。ジプシーの伝統音楽やジャズなどの要素を含んだレトロなサウンドが特徴。
デリーのシーンの中で最も大きな人気を誇るバンドの一つであり、RadioheadやNirvana、New Order、James Blakeなど数々の大物アーティストのアルバムを手がけたインド人プロデューサーMiti Adhikariからは、「プロデュースしたいアーティスト」としてラブコールを受けるほど評価されている。
2015年にリリースされた最新アルバム”Climax”。
アルバム”Sinema”の収録曲”Love Demons”のミュージックビデオ。かなりサイケな映像です。
・Bandcamp(Peter Cat Recording Co.)
■ベンガルール
10.Monsoonsiren
Monsoonsirenは、ベンガルール出身の男性シンガー、ネイサン・メノンによるソロプロジェクト。ドリーミーでメランコリックな響きの独特な歌声は、異色な存在感をはなっている。
若干20歳ながら、アメリカのOdeszaやオーストラリアのTom Dayなど、世界的なアーティストたちとのコラボを繰り返している。また大手ファッション誌”i-D”で特集されるなど、インド国外からの注目度が非常に高いアーティスト。
2015年1月には、ベルリンの名門レーベル”Project:Mooncircle”からデビューEP”Falstrati”をリリースしている。
11.Sulkstation
Sulk Stationは、女性ボーカルのTanvi Raoと、男性プロデューサーのRahul Giriによるエレクトロニックデュオ。大学の同級生だったという2人で2009年に結成された。
トリップホップやダブステップとインドの伝統音楽を組み合わせた楽曲を手がける。Portisheadのようなジャジーなサウンドと、Four Tetのようなリズムを備える。
2012年リリースのデビューアルバム”Till You Appear”
デビューアルバムに収録の楽曲”bindya”のライブ演奏。
Until We Lastは2011年に結成した4人組ポストロックバンド。インドの中でもベンガルールは10年ほど前からポストロックが盛んな地域だが、その中でもトップクラスの人気を誇る。
もともとギターのKetan Bahiratが一人で宅録で楽曲を作り始めたことがきっかけ。2014年8月にリリースしたデビューEP “Earthgazing”によって、インドのオルタナシーンで大きな人気を得ることになる。
インド主要紙のThe Hinduは、Until We Lastについて次のように触れている。
「バンガロールはポストロックが盛んな都市だということは広く知られた事実だ。Lounge Pirahaなき今、誰がこの街のポストロックを担うのか?それは間違いなくUntil We Lastだ」。
デビューアルバム “Earthgazing”
“Earthgazing”の収録曲“Creation”のライブ演奏
■チェンナイ
13.Chandbibi and the Waste Candidates
Chandbibi and the Waste Candidatesは、2014年に結成した4人組ファンクバンド。南インドの古典音楽カルナティックミュージックを専攻したメンバーらによって、ファンクやスムーズジャズ、R&B、ロックなどを取り入れた楽曲を手がけている。
フィンランド人のプロデューサーによる資金援助を得たことによって、結成直後からアルバムの制作に着手。8月にデビューアルバム”Tidy Funk”をリリースする。
2014年12月には、Rolling Stone誌によって「2014年にブレイクしたアーティスト」の一人に選ばれている。
デビューアルバム “Tidy Funk”
“Tidy Funk”の収録曲“Moonlight”のセッション映像
・iTunes(Chandbibi and the Waste Candidates)
14.BLaNK
BLaNKは、2009年にチェンナイで結成したエレクトロユニット。女性フルート奏者のNirupama Beliappaを含む3人組。ディープハウスやテックハウス、プログレッシブハウスといったサウンドと、インドの伝統音楽風のメロディーを組み合わせた楽曲が特徴。
2013年には、インドでTiestoプレイした際にその前座を務めている。
■コルカタ
15.Nischay Parekh
Nischay Parekhは、シンガーソングライター。宅録でギターやベース、キーボード、シンセサイザーなど多様な楽器を自ら演奏する。渋谷系を彷彿とさせるカラフルでメロディックなポップミュージック。
2013年10月にデビューアルバム”Ocean”をリリース。
2014年10月には、東京で開催された”Redbull Music Academy”の参加アーティストとして、数千人の応募者の中から選ばれるなど、注目を集める若手アーティスト。
デビューアルバム”Ocean”
“Ocean”の収録曲”Panda”のミュージックビデオ
Tajdar Junaidは、ギタリスト・ソングライター。ウクレレのような音色がする南米の伝統楽器チャランゴを使った楽曲が特徴で、少し悲しげでおとぎ話のような雰囲気が漂う。
またインド国外からの注目も高く、イランを代表する映画監督モフセン・マフマルバフの「THE PRESIDENT」(2014)などに楽曲を提供している。
2013年にリリースしたデビューアルバム”What Colour Is Your Raindrop”
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