インドで盛り上がるエレクトロニックダンスミュージックの現状
ますます過熱するインドのエレクトロニックダンスミュージック(EDM)シーン。
そもそもEDMとは何か?それがインドでどのように受け取られているのか?
このような話題についてForbes Indiaによる記事「Electronic Dance Music Comes of Age in India」が非常によくまとまっていたので、そのまま翻訳してご紹介します。
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EDMは、もはやアンダーグラウンドな音楽ではない。ボリウッド音楽のリミックスから音楽フェスまで、今やEDMはインドのメインストリームなのだ。
Armin van Buurenは立ち上がり、眼を閉じながら両腕を広げた。彼が立つムンバイのTurf Clubの舞台の前では、1万人ものファンたちが歓声を上げている。巨大なLEDパネルやサイケデリックなレーザー光線の下で、彼がインドの国旗を掲げると、観客たちの熱狂は最高潮に達した。
このやせ形のオランダ人のスーパースターは、クアラルンプールのフェスでの演奏を終え、4時間前にインドに降り立ったばかり。さらに4時間後には、次のマイアミでの公演に向けてインドを発つ予定だ。彼は世界各国での公演のたびに、サポートアクトたちを自身のラジオ番組”A State of Trance”で紹介してきた。しかしこの夜に入場料3000〜1万ルピー(約5400〜1万8000円)を払ってやってきた20〜30代のファンたちの注目は、やはりvan Buurenなのだ。そして彼はムンバイを熱狂の渦に巻き込んだ。
ハウスやトランス、ダブステップ、ドラムンベースなどのジャンルを含むEDMは、近年世界でもメインストリームな音楽になっており、インドでも都市部の裕福な若者を中心に人気が広がっている。2013年には、the Swedish House MafiaやArmin van Buuren、DJ TiestoといったEDMの大物アーティストたちが相次いでインドでプレイした。彼らのようなトップDJたちは、自らの楽曲を制作している。彼らの楽曲に触れたことがないという人は、ぜひ一度聴いてみるべきだ。
「いまどきの結婚式に出たら、Aviciiの「Levels」は必ずかかる。キッズだけじゃなくて、親戚のおばさんまで一緒になって踊ってるよ」とNikhil Chinapaは語る。Chinapaは「Submerge」という会社で、来印する海外アーティストのマネージング業を手がけている。またテレビ番組のパーソナリティーや人気DJでもある彼は、過熱するインドのEDMシーンについて、2000年代半ばに人気を博したボリウッド音楽のリミックスが発端になっているとみる。
EDMは、インド市場に浸透するだけでなく、ビジネスにもなるという、他の音楽ジャンルがなし得なかったことをインドで達成した。たとえば1月にムンバイで開かれたSwedish House Mafiaのライブでは、平均4000ルピー(約7000円)のチケットが、1万8000枚以上売れた。一方デリーとプネで開催されたSnoop Doggのコンサートでは、平均2500ルピーのチケットが約1000枚しか売れなかった。今やインドの大規模コンサートの上位10位はEDMだ。DJ Tiestoの集客力はCarlos Santanaをも超える。
Submerge社のHermit Sethiによると、このようなアリーナ級のイベントによる収益は、一都市当たり3000万〜5000万ルピー(約5300万〜9000万円)に上る。各都市をまわるツアーとなると、1億〜1億5000万ルピーにもなるという。ちなみにインドで開かれるライブの市場規模は、年間10億〜15億ルピーだという。
EDMを聴いたことがない方のために説明しておくと、これらの楽曲は主にサンプラーやシンセサイザー、ミキシングプログラムなどを使って作られる。DJのスキルは、新しいサウンドを創りだし、望む形でオーディエンスのレスポンスを引き出せるかにかかっている。さらに音楽と同様に重要な要素が、照明や音響、花火、CO2ジェットなどだ。サウンドだけでなく、他の全ての要素を含めた演出が、オーディエンスを熱狂させるのだ。たとえばVan Buurenの人気の要因は、サウンドとレーザー照明を組み合わせた演出が、若いオーディエンスを熱狂させていることだろう。EDMは、歌詞がなく、純粋にオーディエンスを踊らせることを目的とした音楽なのだ。
EDMは、ダンスはクールなものだという認識をインドの若い人、特に男性の間で広めている。彼らは身体を動かし、溜まったストレスを発散するためにイベントを訪れる。都市部に住む若い人たちにとって、このような場所はスポーツジム以外なかった。
かつてドラッグとロックを手に権力に反抗したヒッピーたちとは違う。EDMは、興奮や陶酔状態に没入するための手段なのだ。Van Buurenのコンサートでは、サウンドが最高潮に達し、オーディエンスが一体になって踊り狂う瞬間もあれば、眼を閉じながら両腕を掲げてたたずむ場面もある。彼らはEDMによる陶酔状態に浸っている。ショウの名前が「A State of Trance」というだけあって、ショウ自体がドラッグの役割を果たしているのだ。
イビサ島で1990年代にクラブシーンが出現して以来、EDMはヨーロッパで人気を博してきた。ベルリンのLove Paradeのように、100万人以上を動員するフェスティバルも現れた。世界的に注目されるようになったきっかけは、2007年にRihannaやPitbull、Flo Ridaのようなアメリカ人シンガーたちが、David GuettaやCalvin Harris、Daft Punkをはじめとするヨーロッパのアーティストたちとコラボし、キャッチーなエレクトロソングを送り出したことだろう。2011年には、エレクトロポップである「We Found Love」や「Party Rock Anthem」、「Give Me Everything」が、USビルボードのシングルチャートで、52週のうち15週にわたり1位を占めた。今やビルボードとiTunesは、ポップやロック、カントリーミュージックに並んで、ダンスミュージックチャートを設けている。このほどアメリカのEDM企業SFX Entertainmentの時価は10億米ドル(約1100億円)に達している。EDMは今や世界的なメインストリームなのだ。
EDMシーンは、インドでも人気を博してきた。MTVで流れる楽曲がそれを証明している。しかしそれもまだ我々は、そのポテンシャルの片鱗をみているに過ぎない。Chinapaによると、EDMが広く受け入れられた理由はいくつかあるという。
一つは、音楽プロデューサーやリスナーたちが、「インターネット」という前世代にはなかったツールを手にしたことだ。アーティストが自身の楽曲を発表するプラットフォームとなるだけでなく、リスナーが自由にアクセスできる場となった。SoundcloudやYouTubeでは、プロアマ問わずプロデューサーたちが作品を発表してきた。他の音楽ジャンルの場合、EDMほどこれらのプラットフォームが活用されることはなかった。
二つ目は、Sunburnのような巨大フェスを通じて、運営元のPercept社のような企業が海外水準の質の高いライブをインドで開催し、ダンスミュージックを「最もクールなジャンル」として広めたことも大きい。
三つ目は、海外のDJがインドをとても気に入っているということだ。ギャラが通常の半分しか支払われないにもかかわらず、彼らは何度もインドを訪れる(ちなみにある調査によると、DJ Tiestoの一夜当たりのギャラは25 万米ドル(約2700万円)だといい、インドでもそれは同じだという)。それはインドが急速に成長している市場だということに加え、オーディエンスによる反応も非常に熱狂的だからだ。「DJは観衆からエナジーをもらっているんだ」とChinapaは語る。「10人を熱狂的に踊らせる方が、冷めた1万人の前でプレイするよりずっと良い」。
最後の理由は、インドには音響やサンプラー、照明、スモークマシーンをはじめ、大規模なダンスミュージックイベントに必要なインフラがそろっていることだ。地元のベンダーたちは、長い間質の高い機材を仕入れてきた。そして今それらを大規模な野外イベントに提供しているのだ。Fatboy Slimのプロダクションマネージャーを務めるMark Wardは、2012年5月にデリーとバンガロールでのコンサートの後、インドの環境を非常に高く評価した。またAbove & Beyondが2012年11月にバンガロールでプレイした際、イベントの模様はインド発として初めて世界に向けて放映された。
1月にSwedish House Mafiaのライブチケットがムンバイで売り出された日に、用意された8000枚のチケットは6時間で売り切れとなった。急遽彼らはキャパの大きな会場に変更し、計1万8000枚のチケットを販売した。一つ重要な点は、これらのチケットの価格が一枚4000ルピーに上り、さらにVIPパスは8000〜1万ルピーもの高額だったことだ。
より大きな視点でみると、EDMのコンサートの規模は、小会場でのクリケットの試合と同程度だ。しかし問題は、このようなクリケットの試合と同様に、EDMのコンサートが、頻繁に開催され過ぎていることだ。2013年3月にインドで開催されたBuurenとDJ Tiestoのライブは、チケットの売れ行きが明らかに鈍かった。
Chinapaは、「大規模なイベントをたいした間隔も空けずに実施してきた。われわれは市場の開拓を急ぎ過ぎているのかもしれない。オーストラリアでも似たようなことがあったという。ビッグネームによる大規模イベントばかり開催され、小さいクラブで新しいファンを創りだす機会が減ってしまったのだ。
理想的なやり方は、数週間に一度海外アーティストがクラブで演奏し、四半期に一度大規模フェスでヘッドラインを務めるというものだ。もちろん海外アーティストを好きなようにブッキングできるわけではないという難しさはあるが。「何がファンにとって最も最適な環境か、業界をあげて考える必要がある」とChinapaは言う。「我々のカルチャーやテレビCM、ボリウッド音楽には、ダンスが当たり前のように使われている。インド市場はまだ未熟だ。注意深くことを進めていく必要がある」。
EDMにおいてビジネス色が濃くなるにつれ、多くの人々はEDMシーンはもはや純粋に音楽だけの話にとどまらなくなってきたと感じている。カナダの大物DJであるDeadmau5は、EDMの略は”Electronic Dance Music”ではなく、”Event Driven Marketing”(イベントを使ったマーケティング)だとの発言をしている。
「Mumbaiboss.com」の編集者で音楽ファンのAmit Gurbaxaniは、「ニッチで商業的でないジャンルにももっと可能性はある」と語る。対局として「NH7 Weekender」のように、もっとのんびりとした小規模なオルタナフェスを好むという声も多い。大物アーティストをヘッドラインとして呼び込むことだけがダンスミュージックだけではないはずだ。最もこのやり方も落ち目になってきているが。
もしかするとインドのEDM業界が直面している最も深刻な問題は、EDMフェスの二大プロモーターであるSubmerge社とPercept社による争いかもしれない。2013年9月にSubmerge社のChinapaとPercept社のShailendra Singhが仲違いしたことで、多くの人々がインドでのムーブメントの行く先が不透明になったと感じた。有名な話だが、Submerge社は、自社がPercept社よりアーティスト志向が強い一方で、Percept社のやり方はより商業的であると考えている。Percept社のSunburnフェスに対抗して、Chinapaは「Supersonic」というフェスの立ち上げをゴアで計画している。
しかしダンスミュージックの熱が今後すぐに立ち消えてしまうわけではない。GurbaxaniはEDMファンではないものの、このジャンルが一時的な流行ではなく、今の世代を代表するサウンドだと考えている。「インドを訪れる海外DJの数や、フェスでの観客数、ボリウッドでの活用のされ方を考えると、EDMの人気はボリウッド音楽とオルタナミュージックの間くらいだ」。2012年にムンバイで開かれたSwedish House Mafiaのライブの告知記事は、Mumbaibossの中で最も読まれた記事の一つだった。
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