地方にのしかかる電力供給の負担、都市部の成長の裏側で、インドの場合
インド生活の苦労を語るときに、停電の話は欠かせない。
たとえば現地に住んでいると、停電にまつわるこんな苦労話が日本人の間で交わされる。
「40度を超える猛暑の中エアコンが使えなくなった」
「長時間の停電で冷蔵庫の中身がダメになった」
「洗濯の途中で停電になったまま、復旧しない」
頻発する停電に苦労しているのはもちろんインドの人も同じ。
都市部に住む大学生からは「夜眠れないので日中勉強できない」といった嘆きが聞こえてくる。気温が50度近くにまで上がる中、停電が続けば大規模な抗議活動が起きたりもする。
電力問題は人々の生活に直接影響するだけに、下手をすると政権を揺るがしかねない事態に発展してしまう。
だからモディ首相は、この問題にいち早く対応する姿勢を示している。
インドの発電量の大半をまかなう石炭の年産量を、2020年までの5年間で5.7億トンから10億トンに倍増させるというのだ。
これで人々の生活がより便利で快適になるという期待は広がる。
未だに電力なしで暮らす3億人もの貧困層を助けるという大義名分もある。
(そもそも送電中の電力ロスが発電量の4割に上る中で、発電量自体を増やすことが最善策なのか?という疑問はあるけれども)。
ただこうした電力問題を語るときに、触れられることが少ない視点が一つある。
電力増産による、発電所周辺に住む人々への影響だ。
石炭の生産による大気汚染を原因とした死者の数は、年間23万人にも上るという。
インドの経済成長の裏側には、都市部に送るための電力を作る地方の疲弊がある。
■地方に広がる健康被害、電力増産で
そうした地方の姿をあぶりだしたのが、映像ジャーナリストのヴィクラム・シンによる短編ドキュメンタリー“India’s Coal Rush”。
シンは、発電所周辺や炭鉱街に足を運び、石炭生産による大気汚染が原因で健康被害に苦しむ人たちを映像に収めた。
取材対象の住民たちの声は生々しい。
「汚染は年々ひどくなっている。以前はこんなではなかった」
「咳がひどすぎて嘔吐したり、血を吐いたりする子どももいる」
「今の場所に住み続ける限り、僕もいつか心臓や肺の病気で死ぬことになるだろう」
シンは、こうした住民たちの取材で石炭増産による負の側面をあぶり出す一方で、増産を推進する政府関係者の声も紹介している。
「インドの経済発展には必要なこと。未だに電気を利用できない3億人の貧困層に貢献することができる」。
現地住民の生活と、電力増産による経済成長。どちらを優先すべきだろうか?いうまでもなく現地の人たちの健康や生活は守られるべきだろう。
しかしだからといって経済成長に不可欠な石炭の生産を抑えることも、今のインドでは現実的ではない。再生可能エネルギーの開発も進んでいるとはいえ、国内での生産量が豊富でコストも安い石炭は必要不可欠な存在だからだ。
開発は進めつつ、同時に自然環境や人々の生活環境は守り抜く。
この両立が非常に難しいところに、インドの電力問題の複雑さが垣間見える。
日本から遠く離れたインドの話ではあるけれども、東京で消費する電力を福島県の原発で賄ってきた日本にとっても、この問題は単なる遠い国の出来事として切り捨てられない重みがあるように思う。
英語字幕になってしまいますが、ぜひご覧ください。
ちなみになぜこんな話を音楽メディアであるこのサイトで取り上げたかというと、デリーを拠点とする気鋭の男性アーティスト、Frame/Frameが劇中の音楽を担当しているから。
今回は自身の音楽をアピールするというより、不穏な雰囲気がただよう映像を引き立てる役割に徹している印象。普段はこんな音楽です。
■石炭増産の負の側面
話の舞台は、インド北東部にある炭鉱街として有名な都市ジャリア。
この街では、採掘の際の自然発火を原因とした「炭鉱火災」がなんと100年間も続いている。住んでいる場所の真下で燃え盛る炎による大気汚染の影響で、現地の人々は健康被害に苦しんでいる。
しかし政府の関心はあくまで石炭。そこに住む人の生活を改善しようという動きはみられない。
住む場所が汚染されたからといって、他に行くあてがあるわけでもない。
「デリーやムンバイといった都市部の成長もいいが、その影響で苦しんでいる地域がある。一部の富裕層のために、他の地域の人たちの生活が犠牲になるようなことがあってはならない」。ジャリアの救済活動を行うアショク・アガルワルはこう訴える。
「大気汚染のせいでたくさんの人たちが死んでしまった。ここに住むほとんどの人は、呼吸器系の病気にかかっている。今の場所に住み続ける限り、僕もいつか心臓や肺の病気で死ぬことになるだろうね」。
ところ変わって、インド中部にあるチャッティスガル州の森林地帯。
政府機関は、石炭採掘に向けて国土の森林の9割を開発する必要性を提案している。チャッティスガル州のように資源豊かな地域では、森林開発の認可が急速に下りている。
「毎朝起きるたびに煙が向こうのほうに見える。以前はここまでひどくなかった」。石炭採掘の影響について現地住民はこう訴える。
現地住民の間では、石炭採掘に反対する運動も起きている。
一方で、インドのプラカシュ・ジャバデカル環境相はこう主張する。「先進国のエネルギー資源の消費量はインドの10倍だ。これこそ汚染の原因だ。われわれの施策はインドの貧困層の生活向上に不可欠。地球に住んでいる全ての人々は、二酸化炭素の排出量において平等であるはずだ」。
WHOによると世界の汚染度の高い20都市のうち、13都市をインドが占めるという。
中部チャッティスガル州の産業都市コルバ。ここでは発電所周辺に住む子どもたちの健康被害が深刻化している。
「発電所が増えるたびに、どんどんこの辺が煙っぽくなってくる。水も汚くなるし、病気になる子どもの数も増えた。咳がひどすぎて吐いたり、血を吐いたりする子もいるんだ。ちょっと前まではこんなにひどくはなかったのに」。
「咳がひどいのは僕だけじゃない。この辺はほんとに空気が汚いんだ」
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※参照情報
・Short Documentary Highlights the Painful Consequences of India’s Coal Rush
・インド大停電が照らし出す電力不足の闇
・インド石炭の国営独占、モディ首相はどう変えるのか
・インド猛暑で停電多発、モディ新政権の課題浮き彫り
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