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デリーのような都市部で電車に乗ると、誰もがスマートフォンを夢中でいじる光景を目にする。エキゾチックなイメージを持たれがちなインドだけれども、こういうところは日本と同じだ。

日本との違いといえば、価格の高いiPhoneよりも格安機種の多いAndroid端末が目立つ点か。

イヤホンを耳にしている人もよく目にする。YouTubeやストリーミングサービスで音楽を聴いている人も多そうだ。やはりインド人リスナーが音楽を聴く手段は、モバイル端末が圧倒的に多いのだろう。

こういう光景を目にすると、ちょっと前からよく見かける「インドで音楽ストリーミングサービスが急成長!」的なニュースにも一見説得力を感じる。

たとえばインドの音楽ストリーミングのユーザー数は、2016年の約5,400万人から、2020年には1.3倍の7,300万人に増える見込みだという。同時期のアメリカの半分ほどのユーザー数だが、インドの人口の多さを考えると、今後の伸び幅に大きく期待できそうだ。

インドでのユーザー数拡大の要因はたくさんある。スマートフォンの普及や通信速度の改善、中間層の拡大。さらにネットで音楽をよく視聴する年代である30歳以下の人口の増加、など。

違法ダウンロードや海賊版が出回るインドでは、そもそも音楽にお金を払うという習慣があまりない。けれどもここ数年間、音楽ストリーミングサービスは、こういった習慣を打ち破る救世主として期待を集めてきた。

ただ去年や一昨年あたりから、歯切れの悪い情報も目にするようになってきた。

要するに、確かに音楽ストリーミングサービスは普及し始めているし、今後も拡大する、けれども音楽は無料で楽しむもの、というインドの人たちのマインドは依然として変わっていないようなのだ。

■無料版の利用ばかり、収益は広告が中心

たとえばインドの音楽ストリーミング大手のSaavn。2014年以来、1日あたりのユーザー数が10倍に拡大。2015年9月時点の月間アクティブユーザー数は1,800万人に上るそう

一見順調に成長しているようにみえるけれども、Saavnが抱えるユーザーの多くは無料版の利用にとどまっている。

2015年のリシ・マルホトラCEOへのインタビュー記事によると、売上高の75%は広告収入で、有料サービスからの収入は25%にとどまる。これはSpotifyのような海外大手とはおそらく真逆の収益構造だろう。

この状況は競合他社も同じだ。

2014年にインド市場に参入したオーストラリアのストリーミング大手Guvera。そのアジア担当者は、インドについてこうコメントしている。

「そもそも新興国では有料サービスにお金を払う習慣があまりない。だからわれわれは広告やブランドとの協業に注力する。ブランドが自然な形で宣伝できるようなプラットフォーム作りに専念しつつ、ユーザーには無料でサービスを楽しんでもらう」。

これが現在のインドにおける音楽ストリーミングの基本的なビジネスモデルだろう。

それでは今後サービスがより一般的になることで、音楽にお金が払われるようになる時期は来るのだろうか?

■「音楽はタダで楽しむもの」という価値観、今後も不変か

ムンバイでコンピューターエンジニアリングを専攻しているという大学生の、こんなツイートが印象的だった。

「(音楽の有料化については)あまり期待していない。デジタルにお金を払うという、非現実的な期待を持つ人々にはたくさん会ってきた」。

「皮肉なことだが、僕のクラスメートはコンピューターエンジニアリングの学生だが、音楽にお金を払っている者は一人だけ。ほかはみんな海賊版だよ」

経済力やテクノロジーへの理解や知識があるはずの人々でさえ、海賊版に走っていることから、音楽の有料化など期待できないということだろう。

まだ若いのにちょっと皮肉で悲観的な見方だなとは思う。けれどもマクロな数字もこの考え方を裏付けている。

ストリーミングサービスのユーザー数は今後も右肩上がりで増える見込みだが、1ユーザーあたりの売り上げ(ARPU)は横ばいになりそうなのだ。

こちらがインドにおけるストリーミングサービスのユーザー数の推移。毎年右肩上がりで増え続け、2020年には約7,300万人に達する見込み。

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そしてこちらがストリーミングにおける、1ユーザーあたりの売上高の推移。2016年に1.09米ドル(約121円)まで増えるものの、それ以後はほぼ横ばいで推移する見込みだ。

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これがたとえばアメリカだと事情が変わってくる。ユーザー数が増えるにつれて、ARPUもほぼ右肩上がりで増える想定なのだ。

ユーザー数の推移(アメリカ)
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ARPUの推移(アメリカ)
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要するに、インドでのストリーミングユーザーは今後も増える。しかし彼らの多くはお金を払わず無料版の利用にとどまる見込みが高い。

先ほどのツイートを紹介したテッククランチの記事は、インドでの有料版ストリーミングサービスの普及に向けて、こう書いている。

「海賊版より優れた使い勝手を持ち、インド人の金銭感覚に見合うだけの安い価格が不可欠だ」。

確かにそれも重要な要素だろう。

けれどもそれはあくまで、マイナスの部分をゼロにするだけの取り組みだ。人々に長らく染み付いた消費行動をひっくり返すだけの力強さは感じられない。

なにしろインドは、1902年に最初のレコードが録音されて以来、音楽にちゃんとお金が落ちた時代など一瞬たりともない国なのだ。同じく音楽不況とはいえ、過去にCD販売の黄金時代を経験した日本や欧米などの先進国とは事情が違う。

小手先のサービス改善だけで、インド人の財布のヒモがゆるむとは思えない。

■模索は続く

ただお金を払わないとはいえ、ストリーミングサービスが人々の生活に食い込み始めていることは確かだ。

調査によると、ストリーミングで音楽を聴くという行為は、都市部のインド人の間でメールとソーシャルメディアに次いで、3番目に人気のネットのアクティビティだという。

だから広告収入を中心に、今後もインドでのストリーミングサービスの収益拡大は続くだろう。

インドの若者が集まるこれらのサービスの広告メニューは、企業にとっても魅力だ。

つい先日も、Saavnとマルチ・スズキ(スズキのインド法人)などが協業して、ストリーミングラジオサービス「The Road Tripping」を立ち上げた。ボリウッドやインディーミュージックを24時間配信し続けるこのサービスでは、スズキのバナー広告が表示される。

現時点の広告のクリック率は約7%に上るという。通常のネット広告のクリック率は1%あればかなり良いことを考えると、驚異的な数値だ。

インドの人々は日本に比べ広告表示に抵抗がないことや、自動車の潜在ユーザーとうまくマッチングできていることなどが要因かもしれない。

ただ「音楽はタダで楽しむもの」、というインド人の価値観が覆されるような兆しは依然としてみられない。

アーティストのほうだって、音楽販売で儲けようなどともはや期待していないだろう。デリーの人気バンド、The Ska Vengersのメンバーは、以前インタビューさせてもらった時に、次にように話していた。

「多くの人はもはやインドで音楽を売ろうなんて考えていないよ。一部の先進的なアーティストたちはただで作品を配って、ライブで儲けているんだ。僕らはアルバムを売るし、いくつかのトラックを商業レーベルから出してもいるけど、大きなお金になっているわけじゃない。プロモーションとしては、取材を多く受けることにしているし、ツアーもたくさんまわる。ポスターやフライヤー、ステッカー、ステンシルといったゲリラ的なマーケティイングもする」

インドでの音楽のマネタイズに向けた模索はまだまだ続きそうだ。

■参照情報
India’s Streaming Market Continues to Heat Up
SAAVN ON STREAMING MUSIC IN INDIA: ‘THIS IS JUST THE BEGINNING’
The sound of Saavn
Sound Cloud: the music streaming revolution and what’s holding India back
Forget The U.S., India’s Music Streaming Race Is The Big Growth Story
Statista
Maruti Suzuki, Saavn and Razorfish launch ‘branded streaming radio station’
Paid music streaming might just be catching up in India
Music streaming 3rd most preferred activity of Internet users in India: Study
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