IITやマッキンゼーからアーティストに転身したヒンディー語ロックバンド
デリーの高級ショッピングモールでのこと。買い物を終えてモールの中から外の広場に出ると、学校の校庭ほどはある広さのスペースが人で埋め尽くされていた。大勢いの観客たちと強烈な照明を前に、ロックバンドが演奏している。ヒンディー語らしき歌詞なので、インドのバンドなのだと思った。
「ボリウッド音楽でもないのに、こんなに客を集められるロックバンドがいるのか」と意外な感じがした。インドでロックといえばニッチなジャンル。「分かる人だけ分かればいい」といった風情で、小さなライブハウスで演奏する光景をみかけることも多い。
けれどもコアな音楽ファンがいるわけではないモールという場所で、多くの観客たちを盛り上げるこのバンドには、「誰もが知る」といった雰囲気すらただよう。まさに今のインドにおけるメインストリームのロックといった感じだ。
Antariksh(アンタリクシュ)という名前のこのバンド。メンバーが皆、インド工科大学(IIT)やマッキンゼーといった一流の学歴やキャリアを持ちつつ、それらを投げうってミュージシャンに転身した背景がある。
2012年にデビューしたばかりの彼らがなぜこんなに早い段階で一般的な人気を得ることができたのか?英語で歌うインド人バンドが主流のなかで、ヒンディー語で歌う彼らはどんなグループなのか?今回は彼らにインタビューすることができた。
■名門大学や大手企業を経てバンドに転身
「バンドを始めることによるリスクはとても高かったし、機会損失も膨大だ。けれども当時の僕たちの決意は固かったし熱意もあった。必ずうまくやれるはずだって思っていたよ」。
バンド結成時についてこう話すリードギタリストのヴァルン・ラジプットは、名門デリー・テクノロジカル大学を卒業した後に、経営コンサルとして働いていた経歴を持つ。
輝かしいキャリアを投げうってバンド活動に転身したのは、ほかのメンバーたちも同じだ。元ボーカルのムリドゥル・ガネシュ(現在は米国でMBA留学中)は名門インド工科大学(IIT)を卒業した後、大手経営コンサル企業でキャリアを積んだエリート。22歳で最年少メンバーのドラマー、ヴィプール・マルホトラもデリーのIT系技術大学NSITの卒業。
まさにメンバーだけでスタートアップを立ち上げられそうなほどのエリート集団なのだ。
「僕らは音楽的にも学歴的にも同じようなバックグラウンドを持っている。それが結成当初のAntarikshが道を切り開いていけた要因だと思う」(ヴァルン)。
メンバーは皆、大学時代にそれぞれのバンドで音楽活動をしていたものの、卒業後は一般企業に就職した。
しかし大学を卒業した後も音楽活動に心残りがあったというヴァルンは、バンドの結成について次のように話す。
「働き始めて数年たった頃に、僕らは音楽活動を再開したくてどうしようもなくなったんだ。どうするべきか散々迷ったけれど、結局一思いに飛び込むことにした。それ以来、 “どうせやるなら徹底的にやろう”というのが僕らのモットーだ」。
■デビュー早々にヒット
「バンド結成当初は本当に苦労した」と話すヴァルンだが、転機はすぐに訪れた。2013年1月にリリースしたデビュー曲「Dheere Dheere」が、リリース当日にSNS上で拡散。またアジアのインデペンデントミュージックを表彰するVIMAミュージック・アワードによる「2013年のトップ5曲」にも選ばれたのだ。
デビュー早々に成功できた要因は何なのか?
「こんなに早くバンドが成長できた大きな理由は、音楽制作以外の作業もすべて自分たちで進められたことだと思う」とヴァルンは話す。
先にも紹介したように、それぞれのメンバーは一流企業で働いた経歴を持ち、コンピューター・サイエンスや経営コンサルティング、グラフィックデザインなど多様なスキルを備えている。
そのためソーシャルメディアを使ったプロモーションや制作物のデザイン、ウェブサイトの立ち上げ、ビジネス周りの処理など、多くのバンドが苦戦している仕事を自前で片付けているのだ。
もちろん楽曲作りに心血を注いできたことは前提だ。
「この3年間はできる限り最高の曲を作ってライブで演奏できるように取り組んできた。今のちょっとした成功に目を向けるのは簡単だけど、最初のうちは苦労も多かった。今ではフレッシュな音楽を求めているインドのオーディエンスたちとつながることが出来ているんじゃないかな」(ヴァルン)。
■ヒンディー語で曲作り
ヴァルンによれば、Antarikshを結成した動機はインド人のオーディエンスのための曲を作ること。ほとんどのインドのロックバンドが英語で歌うなか、彼らはヒンディー語で曲を作っている。
2015年9月にリリースしたデビューアルバムのタイトル、“Khoj”はヒンディー語で「アイデンティティーの探求」という意味。冒頭曲の“Intezaar”では、インド伝統音楽の歌い手、Rini Rajputをボーカルに招いている。
「もともと僕らはそれぞれのバンドで英語の曲を歌っていた。けれどもAntarikshでは実験的にヒンディー語で歌うことにしている。微かにエッジが効いてモダンなロックのサウンドをヒンディーミュージックに持ち込みたいんだ。意外としっくりきているよ」(ヴァルン)。
日本人からすれば、自国語で歌うことが「実験的」というのは不思議な感じだが、確かにヒンディー語で歌うインド人バンドは少ない。彼らがインドのメディアで紹介される時には、ほぼ必ず「ヒンディーロックバンド」という形容詞がつく。ただヴァルンは「ヒンディー語の歌詞は意識的にやっていること。もしかしたら将来は英語やスペイン語で歌うときが来るかもしれないよ」と笑う。
■「もっとボリウッド音楽以外の曲を受け入れてくれるようになるといい」
最後に成長中だけれども課題の多そうなインドのシーンについてどう見ているのか、聞いてみた。
「インドのインディーミュージックシーンはものすごい勢いで成長している。ギグやミュージックフェスといった機会も増えて、状況は過去5年間で大きく様変わりした。けれどもまだまだオリジナル曲を演奏しづらいのが大きな問題だよ。インドのリスナーやライブハウスのオーナーたちが、もっとボリウッド音楽以外の曲を受け入れてくれるようになるといいな。やっぱり人は長いこと慣れ親しんでいる音楽を聴き続けるものだから、みんながボリウッドミュージックを楽しむのは当然だと思う。ただライブハウスのオーナーたちが、バンドにボリウッドミュージックの演奏を強いるような状況は、あまり健全だとはいえない。インディーミュージックを届ける手段でいうと、僕らの意見としてはラジオが最適だ。もっと多くのバンドの曲がラジオでかけられることになれば、オリジナル曲の良さに気づく人も増えて、成功のチャンスも広がるよ。その意味では、MTV IndiesやKappa TV、Only Much Louderなんかはインディーバンドのプロモーションに素晴らしく貢献している。この傾向がもっと加速すると良いね」。
■Antariksh
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