sarathy-600-2

2015年1月のある晴れた日、Sarathy Korwarという青年がインド西部のグジャラート州にあるラタンプールという村に入った。州都から200km以上離れた小さな集落で、観光客が押し寄せるような場所でもない。

ミュージシャンである彼の目的は、ここに住む少数民族Siddi族と会うことだった。

その昔アフリカからインドに渡ってきて以来、先祖伝来の音楽を今でも奏でている民族がラタンプールにいる。そう人づてに聞いた彼は、Siddi族による演奏をフィールドレコーディングし、自身の音楽作品へと昇華しようと考えていた。

Sarathyはアメリカで生まれ、インドのアーメダバードやチェンナイ、プネで育った。現在はロンドンを拠点に音楽活動を展開。イギリスの伝説的なDJといわれるGilles Petersonからの注目を集めるほど才能ある青年だ。

そのSarathyを魅了するだけのユニークな魅力がSiddi族にはあった。

彼らは500年以上前にアフリカの南東部からインドに流れ着いてきた。商人や船乗りなどとして来た者もいれば、ポルトガルの奴隷として連れてこられた者もいる。

人種差別が激しく白い肌が良しとされるインドにおいて、浅黒い肌で外から入ってきた彼らは、あくまでインド社会のマイノリティーだ。

しかしそれでも表立って周囲のインド人たちと対立することなく、かといって自らのアイデンティティーを失うこともなく、しぶとく生き抜いてきた。

Siddi族がアフリカの血をひいていることを今でも表している要素の一つが、彼らの民族音楽だ。

彼らの音楽は打楽器を中心として反復的で即興性がとても強い。異なるリズムを同時に演奏し、一つのリズムを作り出すポリリズムは、アフリカ土着の音楽を思わせる。

また長らく口述で伝えられてきた故郷のスワヒリ語による歌詞は、もはや彼ら自身でも意味がわからないという。

Siddi族によるパフォーマンス(3:40〜)(この動画内の歌の歌詞はヒンディー語とグジャラート語のようです)。

そんなユニークなバックグラウンドを持つSiddi族は、ロンドンにある大学(SOAS)で民族音楽を学んでいたSarathyにとって、音楽的にも文化的にも興味をひかれるものだった。

Gilles Petersonによる若手アーティストの支援団体から資金援助を受けたことで、アルバム制作にとりかかろうとしていた彼は、Siddi族の音楽をベースに作品を作ることにした。

彼らの集落でのフィールドレコーディングのために用意した機材は、片手に収まるZoom H5オーディオレコーダーとマイクだけ。これはクリーンで無味無臭なサウンドではなく、その場の雰囲気を自然に残した音にしたかったからだという。

1週間のフィールドレコーディングの後、Sarathyは西部マハーラーシュトラ州プネにあるレコーディグスタジオに入った。そして録音したSiddi族の音楽に、ギターやドラムなどによる即興演奏をかぶせる形で楽曲を作り上げていった。

その結果出来上がった作品がアルバム「Day to Day」だ。老舗レーベルのニンジャ・チューンから7月にリリースされたこの作品は、現在イギリスを中心に大きな反響を呼んでいる。

Amazon
iTunes
Bandcamp

8歳でタブラの演奏を始め、10代でロックやジャズに影響されてドラムを始めたほか、民族音楽への造詣を深めるなど多様な音楽的バックグラウンドを持つSarathy。2015年にはロンドンを訪れたダライ・ラマの前で演奏するなど、精力的な活動を続けている。

今回インタビューを申し込んだところ、快く引き受けてくれた。Siddi族の集落でのフィールドレコーディングの模様を中心に話を聞いた。

——Siddi族と彼らの音楽を知ったきっかけは何でしょうか?

Sarathy:2013年にプネでAmy Catlin-Jairazbhoyという素晴らしい民族音楽学者に出会ったんだ。彼女はSiddi族に関する調査を行っていて、僕に彼らのことを教えてくれた。それが最初のきっかけだよ。彼女の仕事を手伝ううちに、Siddi族の音楽に魅了されていったんだ。そこで彼女にSiddi族のミュージシャンを紹介してほしいと頼むと、彼女と仲が良かったラタンプールにいる一団と引き合わせてくれたんだ。

——Siddi族のどこに魅力を感じますか?

Sarathy:Siddi族はとてもユニークなコミュニティで、彼らの楽器も独特だ。たとえばマルンガという弓型の楽器は、アフリカにあるビリンバウそっくりだ。それとポリリズミックで複数のパートが並走するドラムのアンサンブルもユニークだよ。数百年前に東アフリカからインドに渡ってきたSiddi族は、音楽的にも文化的にも東アフリカとスーフィー、インドの影響を受けている。これは僕にとってすごく魅力的だね!

——今回演奏を録音した Siddi族のミュージシャンたちについて教えてください

Sarathy:彼らは10〜12人の一団で、歌手とダンサー、ドラマーたちがいる。リードシンガーはIqbal Kamar Sidiだ。ほとんどのフィールドレコーディングはラタンプールにある彼らの集落で実施したんだ。それと隣町のバルーチに住んでいるSalim Gulammohammad Sidiの演奏も録音した。彼は弓型の楽器マルンガの奏者なんだ。(Day to Dayの)いくつかの楽曲は彼のサンプリングをベースにしている。彼はとてもパワフルな声の持ち主で演奏も美しかった。

彼らは自身のユニークなバックグラウンドやストーリーをはっきりと自覚している。ミュージシャンたちは(スーフィー聖者のBava Gorを祀った)廟に強いつながりを感じていて、今いる場所にとどまりながら彼に仕えることが義務だと信じている。彼らが(タンザニアの)ザンジバルに行った時のエピソードを教えてもらったんだけど、現地の人たちはザンジバルに留まるようにすごく勧めてきたらしいんだ。若いSiddiの一人に対して、娘と結婚させたいとまで言ってきた人もいたんだ!けれども彼らはラタンプールに戻ってきた。そこが唯一のホームだと感じていたのかもしれない。少なくとも彼らと話した印象ではそう思っている。

——フィールドレコーディングを頼んだ時の、Siddi族の反応はどうでしたか?

Sarathy:彼らはとても寛大で時間をかけてレコーディングに付き合ってくれたよ。アルバムのアイデアを事前に伝えた上で、その結果できた音楽は彼ら自身のサウンドとは全く違うものになったけど、すごく喜んでくれたね。

——現地でレコーディングする上で何か難しかったことはありますか?

Sarathy:概ね順調に進んだよ。自然な雰囲気で録りたかったから、Siddiのミュージシャンたちの自宅や慣れた場所でレコーディングしたんだ。ちなみにマイクは2つしか使っていない。ただレコーディングするのに静かな場所を探すのが難しかったことはあるね。インドの街で静かな場所を探すのが難しいのと同じだよ!

——フィールドレコーディングの後、あなたの友人たちと一緒に作品を作り上げていったそうですね。

Sarathy:フィールドレコーディングの後、プネにあるレコーディングスタジオに入ったんだ。ロンドンから来た3人の友人たちと5日間で仕上げた。まずラタンプールで録音した音をかけながら、僕がイメージするアレンジを伝えたんだ。そして録音の上に演奏を即興的にかぶせていった。そうして出来上がったのがこのアルバムなんだ。

——このアルバムはSiddi族とのコラボ作品になるわけですが、他のミュージシャンとのコラボレーションというのは今後もあなたの基本的なスタイルになるのでしょうか?

Sarathy:僕にとって、音楽を作る上でコラボレーションは一番重要な行為なんだ。今後もインスピレーションを与えてくれる人たちと一緒に作品を作っていきたい。それが民族音楽のミュージシャンかどうかにかかわらずね。

■Sarathy Korwar
公式サイト
Facebook
Bandcamp
Soundcloud