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過去10年の間に、インドにおいてオルタナミュージックシーンが急速に盛り上がり始めている、という事実はインドの外にいる人には中々伝わっていないと思います。

インド音楽といえばボリウッドや伝統音楽を思い浮かべるのが一般的な感覚。

確かにインドの音楽市場規模でいえば、今でもこれらのジャンルが9割以上を占めているのだけれども、いざ現地にいってみると外からでは見えなかった事情が見えてきたりします。

僕は2013年に仕事でデリー(正確には近郊のグルガオン)に1年間住んでいたとき、現地のインディーミュージックシーンの存在を知りました。

あまり知り合いもおらず仕事以外にやることもなかったので、時間があればライブハウスやフェスに足を運ぶ日々。

バーと併設されているような小規模なスペースから、SUNBURN FestivalNH7 Weekenderといった数万人規模の大型フェスまで様々です。

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いずれの規模の音楽イベントでも、「インドにこんな格好いい音楽があったの?」という新鮮な驚きがあった。

ボリウッド音楽の国だと思っていたインドで、まさに独自のオルタナミュージックシーンが立ち上がり始めていたのを目の当たりにした。

旧宗主国UK寄りのレゲエやら、インド伝統音楽を採り入れたエレクトロニカやロック、ヒンディー語やウルドゥー語といった土着の言葉で歌われるヒップホップ、さらには日本のアニメや漫画文化に影響を受けたエレクトロポップまである。

「何それどんな音楽?」と思った方は、このサイトの記事を見てみてください。

この新しいシーンの中で奮闘する現地アーティストたちの姿勢も様々だ。

「ボリウッドのようなメインストリームに対して、自分たちは何ができるか」というカウンターカルチャー的な姿勢を強めるアーティストもいれば、

従来のインド音楽を含めたあらゆる音楽要素を取り入れた上で、いかに新たな作品を生み出すかに貪欲なアーティストもいる。

今回インタビューしたアーティスト、Tajdar Junaid(タジダール・ジュネイド)は後者の人間かもしれない。

コルカタ出身のタジダールは、2013年にデビューアルバム「What Colour Is Your Raindrop」をリリース。

この作品がインド版ローリングストーン誌で「2013年のベストアルバム」に選ばれるなど人気を博したことで、一気にアーティストとして知名度を上げている。

この作品を聴いてまず印象的なのは、少し悲しげだけど美しいおとぎ話を聞いているような気分にさせる音色や歌声。

インド伝統楽器のサーランギーやバイオリンなどに加え、ウクレレのような音色がするチャランゴという南米の伝統楽器を駆使した意欲作だ。

(ちなみにジャケット写真の男の子は、幼いときのタジダール)。

何かしらの物語を彷彿とさせるノスタルジックな世界観は、確かに映画のサウンドトラックとしてもすごくハマりそう。

実際にイランの巨匠モフセン・マフマルバル監督の「独裁者と小さな孫」をはじめ、数々の映画で採用されている。

こうした感想について、彼は次のように語っている。

「曲作りの時にノスタルジーといったテイストを狙ってはいないんだ。人々がそういう風に言ってくれることにはとても感謝している。でも僕はただ自分の頭の中で聴いたり、心で感じるサウンドに対して誠実であろうとしている。それを形にしたいだけなんだ」。

ちなみに現在作業を進めているセカンドアルバムは、よりオーケストラチックなサウンドになるとのこと。

最近ではエリック・サティのギターカバーをアップしてもいますが、次回作がどんな風になるのか楽しみ。

◆日本でプレイしたい

元々僕がタジダールにインタビューすることになったきっかけは、「ぜひ日本で演奏したい」という彼の話を人づてで聞いたこと。

他のアジアの国々と違って、インドでの日本への関心はあまり高くないように思っていた。だから意外だなと思って、その理由を尋ねてみた。

「海運会社に勤めていた僕の父親が、日本に4年間住んでいたことがあるんだ。彼は日本での生活についていつも話してくれた。日本の人たちがいかにカルチャーやアートをリスペクトしているか、電車の運行スケジュールがどれだけ正確かなんて話まで色々聞いたよ」。

また日本のカルチャーからの影響についても話してくれた。

「村上春樹は素晴らしいよ。“ノルウェイの森”を読んで、イメージというものへの考え方が変わったんだ。それとミュージシャンでは特に坂本龍一を尊敬していて、YMO時代から“リトル・ブッダ”のサウンドトラックまで様々な作品を聴いている。そのほかの日本人ミュージシャンだと、青木孝允がエレクトロニカを知的に駆使する感じはすごいと思う」。

もし来日できたら何をしたいのだろう?

「自分のバンドで演奏したい。あと琴を習いたいし、できればJiro Onoさんに敬意を表する機会があればいいね」。

一瞬「Jiro Ono」という名前にピンとこなかった。そんなミュージシャンいたかと。

よくよく尋ねてみたら鮨職人で有名な小野二郎のことだった。オバマ元大統領と安倍首相が会食した銀座の「すきやばし次郎」の元店主だ。

「彼について話ができるのはうれしいよ。僕はスシがすごく好きで、その流れで彼に関するドキュメンタリーを観たんだ。彼は自らの技能を完璧なものにすることに、人生のすべてを捧げている。すごく尊敬している」。

確かに小野二郎は、ドキュメンタリー映画「二郎は鮨の夢を見る」の中でこう話している。

「まだあるんだろうと上を見るわけでしょ。頂上までいけば完璧かもしれないけど、その頂上がどこかというと分からないわけですよ。仕事をしてても、この年になって完璧だとは思っていないからね」。

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また小野二郎はこうも言っている。

「自分の仕事に没頭しなきゃダメです。好きにならなきゃダメです。自分がこれを覚えようと思ったら、死に物狂いでやることが成功につながるんじゃないかと、私は思います」。

様々な音楽ジャンルの要素を吸収しつつ、貪欲に自らのサウンドを追求するタジダールも、同じような心持ちなのかもしれない。タジダールは自分の音楽活動について次のように語っている。

「インドには多様な伝統音楽の歴史がある。現在のインドでは、僕らのように昔から慣れ親しんだそうした要素を取り入れながら楽曲を制作しているアーティストが数多くいるんだ」。

たとえば映画“Hotel Salvation”のサントラにて、彼は南米の伝統楽器”チャランゴ”とインドのフルートを混ぜ合わせ、独特な音色の楽曲を作り出している(この映画も面白そう。映画「ダージリン急行」で列車の客室乗務員役をやってた女の子が、チラっとトレーラーに出てますね)。

またこちらは南米楽器のロンロコと、インド弦楽器のサーランギーを合わせたセッション。

インドを拠点に活動するアーティストが、日本のすし職人による仕事への姿勢に影響されつつ、インドや南米などの楽器や音楽を取り入れて楽曲を作りながら、それを日本で演奏する機会をうかがっている。

世界の多様なカルチャーがグリグリと混ざり合って、一つの作品に結実している様がおもしろい。

世界中で音楽販売は減っているけど、音楽の多様性は広がっているのではないだろうか。

日本とインドは、カルチャーを通じてもっとつながれる気がする。

◆Tajdar Junaid
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